カテゴリー: 関ヶ原古戦場

細川忠興と本多忠勝の陣跡【関ケ原古戦場完全ガイドvol.14】

関ヶ原古戦場で最も新しい(若い)史跡である細川忠興の陣跡と、住宅街の中にあってひっそりと佇む本多忠勝の陣跡をご紹介します。
本多忠勝の陣跡はちょっとわかりにくですが、こんなところにあったんだ!と見つけると嬉しくなるような陣跡です。

※なお、東西両軍の陣営や陣の場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事を御覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

続きを読む

藤堂高虎・京極高知陣跡・中学校の中にある史跡【関ケ原古戦場完全ガイドvol.13】

関ヶ原古戦場の中でも、唯一中学校の駐車場内にある藤堂高虎と京極高知の陣跡。
平日以外は入りづらい雰囲気がありますが、観光協会に確認したところ、土日でも史跡だけは見学可能

門は空いており、車も停められます
ただし見学が終わったらすぐに退去するというルールは守りましょう。

近くには東軍の先鋒福島正則の陣跡があります。

※※なお、東西両軍の陣営や陣の場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事を御覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

続きを読む

松尾山の麓にある脇坂安治陣跡【関ケ原古戦場完全ガイドvol.9】

小早川秀秋の裏切りを間近でみた武将。
それが脇坂安治なのではないでしょうか。

というのも、関ヶ原古戦場松尾山のすぐ麓に陣を張っていた脇坂。
近くを守っていた、朽木元綱(くちきもとつな)、赤座直保(あかざなおやす)、小川祐忠(おがわすけだた)とともに、東軍に寝返り、大谷吉継隊・平塚為広隊らを追い詰め、壊滅させました。

その裏切りに呼応した4武将の中で、一番処遇が良かったのは脇坂安治。
本領安堵で、江戸時代までお家は続きました。

そんな脇坂安治の陣跡は21号線より南、戦国ロードから少し折れたところにあります。
少しわかりにくいですが、戦国ロードを通って、大谷吉継の陣跡から21号を渡り、少し進んだところにあります。

※なお、東西両軍の陣営や場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事をご覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

続きを読む

西軍最大の兵を率いた宇喜多秀家の陣跡【関ケ原古戦場完全ガイドvol.8】

関ヶ原古戦場の宇喜多秀家の陣跡は、天満山の南側。
戦国で1・2を争うといわれる美男子・宇喜多秀家の陣跡をご紹介します。

同じ天満山に陣を張った小西行長の陣跡は、合戦後、池が作られてしまったので遺構はありません。
そのため「どこが山?」状態ですが、宇喜多秀家の陣跡は天満神社の中にあり、裏手には天満山があります。

※なお、東西両軍の陣営や場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事をご覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

続きを読む

小西行長の陣跡と関ヶ原合戦開戦地は同時に見学可能!【関ケ原古戦場完全ガイドvol.7】

キリシタン大名の小西行長は、関ヶ原合戦では、宇喜多秀家の北側に約6000の兵を率い、前線で戦います。

天満山の北の方に陣を張り、開戦の烽火(のろし)をあげたのも小西行長なです。
ここは北国街道、南は中山道を押さえる重要な場所で、島津。宇喜多・大谷・平塚・戸田らと守っていました。

関ヶ原古戦場では、小西行長の陣跡がセットになっているので、古戦場めぐりではアクセスしやすいスポットです。

※なお、東西両軍の陣営や場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事をご覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

続きを読む

島津義弘の陣跡、敵中突破と退き口ルート【関ケ原古戦場完全ガイドvol.5】

松尾山からの裏切りで混乱する西軍、
大谷吉継の自害、宇喜多秀家隊、小西行長隊、石田三成隊の敗走。
ぐるりと的に囲まれ、敵の中に孤立してしまった島津軍。

その選択はまさかの東軍の中を駆け抜ける敵中突破。
島津軍300のうち、生きて戻れたのは80数名といわれています。

苦しい帰路の中で東軍・井伊直政隊の追撃という激戦を戦い抜いた【島津の退き口】。
ここは島津軍の陣跡と同じくらい、関ヶ原古戦場の中でも必見の史跡です!

島津軍の足跡を体感したいという方におすすめです。
私は車でたどりましたが、それでも苦しい戦いを想像し、体感することができました。

※なお、東西両軍の陣営や場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事をご覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり
続きを読む

コンクリート像で有名な関ヶ原ウォーランドを徹底解説!【関ケ原古戦場完全ガイドvol.4】

キョーレツ!
歴史観のクセもスゴイ!

にもかかわらず中毒性の高い刺激がたまらず何度もいきたくなるスポットが関ケ原古戦場にあります。

関ヶ原ウォーランド――。

ご存知天下分け目の戦いがあった関ヶ原にある、全国でも珍しい合戦テーマパークです。

何がスゴイって?
園内には240体ものコンクリート像が所狭しと並んでおり、その圧倒感たるや、ある意味名古屋城にも迫る勢い。

なんせコンクリート像の中には
「争いをやめろ」
と諭す、武田信玄までいるんですからね。笑うな、というほうが無理な話でしょう。

そこで本稿では

・あまり歴史に詳しくない方
・普通の史跡巡りに飽きた方
・館長のキッチュな講話を聞いて見たい方

という方へ、何度も現地を訪れたウォーランドファンの私が解説したいと思います!

※なお、東西両軍の陣営や場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事をご覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

続きを読む

関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

「この町、まるごと、古戦場」

そんなキャッチコピーに惹かれて私が関ヶ原古戦場へ足を運んだのは5年前のこと。

期待に胸膨らませ、駅の改札を出ると、
「あれ、なにもない…!?」
と立ち尽くしてしまいました。

目の前にはタクシー乗り場とバス乗り場がポツンとあるだけ。
天下が分けられた匂いは全くない……。

初めて訪れた観光客の皆さんは、拍子抜けされるかもしれません。

しかし、ご安心ください!

2015年から【関ヶ原グランドデザイン】という岐阜県プロジェクトが始まり、
・史跡整備
・案内板
・外国人向けパンフレット、
・各種イベント
などなど、古戦場めぐりの観光化がガッツリ進んでいます。

子連れとなったワタシ的にはトイレやロッカー情報なども必須であり、今回はその辺もフォローしながら西軍・東軍の陣を中心に案内してみたいと思います。

関ヶ原初心者の方も楽しめるようにマトメました!

続きを読む

想像がつきない!「ゆる陣形図ミニトートバッグ」でいろいろな関ヶ原合戦を表現してみました

1

ちょっと変わった歴史グッズを制作されていることで有名な垂井町の小川新聞@chunichi_tarui )さん。

話題になったのは家紋ヘッドフォンや古文書ブックカバーなど、「そういえばそういうグッズってないよね」なものをたくさん作られております。

10月14日・15日と行われた『関ケ原合戦祭り2017』の戦国マーケットで初お目見えした、「ゆる布陣図ミニトート」と「布陣図のあれバッジ」などをゲットいました!陣形図が好きな方にはたまらない商品です。

この布陣図を使って、勝手に色々な関ヶ原合戦のあれこれを表現して遊んでみました!
メッチャ楽しい!

続きを読む

吉川広家の陣跡の隣の高校で、三成VS家康の関ヶ原総選挙開催。勝者は…?

b3366fd6850fd0fe0f782985135518c2

吉川広家の陣跡の隣の高校、不破高校にて、「関ヶ原総選挙」が開催されたと、中日新聞に書いてありました。
選挙権が18歳に引き下げられることを受けてのイベントのようですが、その候補者は家康と三成。

さすが関ヶ原合戦付近の高校!137票 VS 109票 勝者はやっぱり「三成」圧勝でした。
だってここ関ヶ原(ガッツリ西軍)だからそんなものでしょうか。

続きを読む