関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

「この町、まるごと、古戦場」

そんなキャッチコピーに惹かれて私が関ヶ原へ足を運んだのは5年前のこと。

期待に胸膨らませ、駅の改札を出ると、
「あれ、なにもない…!?」
と立ち尽くしてしまいました。

目の前にはタクシー乗り場とバス乗り場がポツンとあるだけ。
天下が分けられた匂いは全くない……。

しかし、ご安心ください!

2015年から【関ヶ原グランドデザイン】という岐阜県プロジェクトが始まり、
・史跡整備
・案内板
・外国人向けパンフレット、
・各種イベント
などなど、古戦場めぐりの観光化がガッツリ進んでいます。

子連れとなったワタシ的にはトイレやロッカー情報なども必須であり、今回はその辺もフォローしながら西軍・東軍の陣を中心に案内してみたいと思います。

関ヶ原初心者の方も楽しめるようにマトメました!

もくじ

オリジナル関ヶ原古戦場めぐりマップの使い方

Google Mapsのマイマップ機能を使って古戦場めぐりマップを作りました。
東軍・西軍・トイレなどを色分けし、視覚的に見やすくしました。
操作方法がわからない方のために簡単に解説します!

マップをタップすると、以下のようにゴチャゴチャしていてよくわからなくなりますね。
これは、東軍・西軍・トイレなど項目が多いため。
自分が見たい項目だけにチェックを入れると、使いやすくなります。

スマホで見る場合

1・まずLEGENDをタップ

2・すると東軍・西軍・戦いの場所・トイレ・おすすめの歴史スポットの5つの項目がでてきます。
西軍の史跡岳を見たい場合は、他の項目のチェックを外し、西軍にだけチェックを入れます。

3・すると西軍のスポットだけが表示されます。東軍を一緒に表示させたい場合はLEGENDをタップし、東軍にもチェックを入れてください。

PCで見る場合
1.左端に項目が表示されます。見たい項目にチェックを入れ、消して起きたい項目のチェックを外します。

1・西軍の史跡

まずは西軍の史跡からご紹介します。
こちらのマップに「西軍」だけにチェックを入れてみてください。
すると西軍史跡がどこにあるか、ざっくりとつかめます。

マップの使い方は、こちらでご確認ください。

マップはコチラからどうぞ!

西軍の史跡は小高い山が多く、場所によっては滞在時間を含め所要時間は30分以上かかると見ておいたほうがいいかもしれません。
しかも陣跡同士は隣接しているところが少ないので、一つ史跡を見てまた移動という感じになります。

しかし、見たい史跡を抑えて回れば十分に満足できるので、西軍の史跡巡りは「取捨選択」がカギになると思います。

西軍1:石田三成の笹尾山&島左近の陣跡

数ある古戦場の中でもダントツ人気は石田三成、島左近の陣跡「笹尾山」です。
もちろん人気の石田三成の陣跡だからということもありますが、山頂までたった5分(大谷吉継の陣跡は山道を約15分~30分とそれなりにハード)で眺望も最高の場所なのです。

整備されたばかりでとてもきれいですし、駐車場も広いです、
山頂にある関ヶ原合戦の説明音声案内つきマップのおかげで、合戦の概要、陣跡の場所などが一気にわかります。
関ヶ原合戦について、予備知識無しでも楽しめる史跡です。

個人的には入り口にモニュメントも必見です。
彫刻家の緒方良信さんという方世界的に有名な方の「無限時空」という作品で、2000年の関ヶ原合戦400年祭りの記念に作られたもの。この彫刻の穴はぜひ確認していただきたいポイントです。

なんと穴から見えるのは、家康が最初に陣を張った桃配山
つまり石田三成の目線を表現しているオブジェなのです。

このオブジェについてはこちらの記事でも解説しているので、よかったら御覧ください!

麓の馬防柵があるところは島左近の陣跡。決死の覚悟で向かう鬼のような島左近の姿や声が、東軍の兵士のトラウマになったほどという逸話がある島左近の陣跡。週末には関ヶ原の武将隊の島左近さんがいらっしゃり、写真を一緒に撮っているお客様もたくさんいらっしゃいます。

笹尾山近くに、廃校になった小学校跡地を利用した笹尾山交流館があり、お土産の販売、関ヶ原合戦の関連書籍を読むことができます。ダンボール甲冑、武将の似顔絵塗り絵が無料で楽しめるので、お子様にも人気です。

住所:関ケ原町大字関ケ原4008
駐車場:20台
WC:あり

 

西軍2:大谷吉継の陣跡と大谷吉継と湯淺五助の墓

陣跡とお墓はセットで回れますが山道なので、所要時間は1時間くらいを見ておいたほうがいい場所です。

石田三成との友情、義に厚い武将のイメージが強い大谷吉継の陣跡とお墓。
こちらはお墓と陣跡がセットで見られます。所要時間はお墓までは約15分ほど山道を登り、陣跡はさらにお墓から15分ほど。
山道を15分登るので、サンダルなどよりはスニーカーが断然おすすめです。

真夏に軽装で登った時は「たった15分が長い!」と汗だくでした。
まずはお墓に到着。こちらは大谷吉継が自害の際に介助した湯浅五助の墓も並んでいます。

さらに進むこと15分。手書きの看板は「スグソコ」と書いてありますが、約15分かかりました。
これをスグソコというのかどうかは、その人の感じ方ですが、山に慣れていない私は「スグソコではないな」と感じました。

陣跡には大谷吉継の顔ハメ、ベンチがあり訪れた人をホッとなごませてくれる場所です。
陣跡からは国道を挟んで対峙する山、あの小早川秀秋の陣跡松尾山が。

小早川秀秋の裏切りで大谷吉継軍が総崩れになった、その距離感がつかめます。
私の感想は「思ったより近い!」。
ここで攻め込まれたらひとたまりもありません。

住所:関ケ原町大字山中30-1
駐車場:なし(ふもとにスペースがあるのでそこに停めている方多数)
WC:なし

 

西軍3:平塚為広の陣跡

大谷吉継の墓と陣跡に立ち寄ったら、ぜひ目の前の平塚為広の陣跡にも立ち寄ってください。平塚為広は関ヶ原のお隣垂井町にあった垂井城の城主です。

彼の子孫には平塚らいてうがいます。
死の直前に親友・大谷吉継に送った辞世の句「名のために捨つる命は惜しからじ つひにとまらぬ浮世と思へば」(この世でいつまでも生きられるわけでもなし、君のためならこの生命を捨てることは惜しくないという意味)

それに対し、大谷吉継は、「契りあれば六つの衢(ちまた)に待てしばし 遅れ先だつことはありとも」(約束通り来世の入り口でしばらく待っていてほしい。遅れるかもしれないし、もしかしたら先に死ぬ事があったとしても)という返歌を送っています。

お互いを思いやる友情に心打たれる方が多く、大谷吉継陣跡巡りとセットで見て回る方が多い場所です。

ちなみに平塚為広は関ヶ原合戦で戦死していますが、鳥居元忠が守る伏見城の戦いで戦功を上げています。
東軍・鳥居元忠の決死の覚悟、そして落城。その足跡が見られる京都・源光庵のレポートもよろしければご一読ください。

 

住所:関ケ原町大字藤下445-4
駐車場:なし
WC:なし

 

西軍4:島津義弘の陣跡

こちらも人気の史跡です。

西軍が西へ敗走する中、敵中の中に孤立する島津義弘軍。四方八方東軍の兵士に囲まれ、もはやこれまでかと誰もが思う状況。その後、島津軍は一斉に徳川家康の陣跡に向かって、敵将の中を一斉に駆け抜けていく…

島津軍の「敵中突破」は後世に残る有名なエピソードです。

この後、数ヶ月かけて薩摩に帰還しますが、300ほどいた兵士は50あまりでした。石田三成の陣跡・笹尾山から南に約800mくだったあたりが「島津義弘陣跡」だといわれてるそうです(関ヶ原観光WEBより)。

現在は神明神社の森のなかに、島津義弘軍の石碑が立っています。その横には「関ヶ原戦跡踏破隊(せきがはらせんせきとうはたい・以下【踏破隊】)」に参加した子供たちの名前が刻まれた石碑もあります。

【踏破隊】とは昭和35年に始まった、鹿児島の子どもたち(小学校高学年から中学生)が、夏休みに島津軍の敗走ルートを実際に歩くプログラム。

関ヶ原の島津陣跡から三重県いなべ市(駒野峠)、滋賀県多賀町(五僧峠)、大阪城までと、一部を除き総距離120キロという長い距離を踏破します。「チェスト行け関ヶ原」というのぼり旗をたてて、踏破するのだそう。難所は駒野峠から五僧峠の山越えは2日で70キロ。毎年子どもたちが体感しながら歴史を学ぶ姿、とても美しいです。

島津豊久碑は上石津町の牧田にあります。ここは烏頭坂と呼ばれる場所で、島津豊久の率いる部隊が殿となった場所です。
平成30年8月に鹿児島県から寄贈された、薩摩ベンチがあります。

島津義弘陣跡住所:関ケ原町大字関ケ原1869-3
駐車場:4台
WC:なし

 

島津豊久の碑住所:大垣市上石津町牧田741
駐車場:なし
WC:なし

 

西軍5:北天満山・小西行長陣跡

関ヶ原開戦地と同じ敷地内にあり、セットで見られます。

現在の西田公園付近が「小西行長陣跡」となっています。きれいに整備されているのですぐに分かります。
当時この場所は北国街道と中山道を抑える重要な場所で狼煙をあげた場所でもあります。

観光協会のWEBより引用します。

天満山を越えて揖斐郡の春日方面へ敗走したようです。山頂に布陣できるスペースはなく、中腹に布陣したものと思われます。また、後に村人らがここに大きな溜め池を設けたため、当時の陣地は池の中に没したと『関ケ原合戦図志』に紹介されています

敗走後、揖斐川町の観音寺に潜伏していましたが、東軍で竹中半兵衛の子孫竹中重門により捕縛されたそう。

だいたい敗走となると、後ろ(この場合は北か西)へ行くものなんですね。
そう思うと島津軍の敵中突破で配信した方向は南。
やっぱりこれは常識の上を行く行動だったんだなあと思います。

住所:関ケ原町大字関ケ原2368-1
駐車場:15台
WC:なし

 

西軍6:宇喜多秀家の陣跡

天満神社の中にある、西軍の副大将・宇喜多秀家の陣跡です。

合戦時には1万7千もの軍を布陣させていたそうです。対峙する福島正則隊に攻め込まれ、激戦となったであろう場所なのだそう。その後、宇喜多秀家は八丈島に流れ、通りかかった、元敵将の福島正則がお酒を置いていってくれたというエピソードが有名です。

住所:関ケ原町大字関ケ原4146-1
駐車場:なし
WC:なし

 

西軍7:小早川秀秋の陣跡

裏切り行為で西軍が総崩れになった。そのきっかけが小早川秀秋の布陣していた松尾山からの大谷吉継への総攻撃です。
彼が布陣していた松尾山は片道40分の登山

石田三成の陣跡のようにふらりと訪れることはできないので、それなりの装備がおすすめです。

私は半日使って松尾山に登りました。

実際に登ってみると、合戦の様子がしっかりと見渡せる場所にあったのだとわかります。大谷吉継の陣跡と松尾山、距離はとても近いです。こんなところから攻め込んだら・・・想像しながら周辺を見渡してみるのがおすすめです。

松尾山の詳しいレポートはこちらです!

住所:関ケ原町大字山中731-1
駐車場:4台
WC:なし

 

西軍8:脇坂安治陣跡

裏切りの現場を見てみたいけど、時間がない。そんな時は脇坂安治の陣跡がおすすめです。

松尾山ほど大変でもなく、車でサクッといけちゃいます。

小早川秀秋の裏切りで、朽木元綱・小川祐忠・赤座直保とともに土壇場で寝返り、大谷吉継の攻撃に加担

この裏切り行為は徳川家康が評価すると思えば、脇坂安治以外は領地没収。なぜか脇坂だけが本領安堵で、子孫は幕末まで繁栄しました。
脇坂の陣跡は大谷吉継の陣のすぐ近く。これが敵になったと思うと・・・大谷吉継軍の恐怖や混乱はいかほどのものだったのかを想像しながら、この陣跡を味わうのがおすすめです。

住所:関ケ原町大字藤下476-1
駐車場:なし
WC:なし

 

西軍9:西首塚

こちらは西軍の戦士した兵士を弔う場所。国道沿いにありかなり目立つ場所にあります。
車ではちょっと行きにくいです。(東軍西軍の位置関係をわかりやすくするため、今回はマップに掲載していません)

住所:関ケ原町大字関ケ原2236
駐車場:なし
WC:なし

 

西軍9:南宮山(垂井町)・安国寺恵瓊の陣跡

西軍にカテゴライズすべきか悩みますが、 【宰相殿の空弁当】で有名な動かなかった毛利、吉川、安国寺恵瓊の陣跡がある南宮山。
南宮山は美濃国一宮と言われる、大変格の高い神社です。鉄の神様がお祀りされているため、毎年11月8日には地元刀匠奉仕による古式鍛錬式が行われる「ふいご祭り」が有名です。陣跡だけでなく、南宮山のお参りも楽しみたいところ。南宮山だけで時間がほしくなると思います。

住所:岐阜県不破郡垂井町宮代
詳細Googleマップ

西軍10:吉川広家の陣跡(垂井町)

こちらも垂井町の史跡で、不破高校の隣の敷地にのぼり旗が立っています。
実際に行ったリポート記事も参考にどうぞ。

住所:岐阜県不破郡垂井町宮代
「不破高校」を目指すとわかりやすいです。
詳細Googleマップ

西軍11:島津豊久の墓

島津豊久のお墓は、大垣市上石津町上多良の瑠璃光寺にあり、関ヶ原駅からは12キロとかなり遠いです。
瑠璃光寺とお墓は場所が離れているので注意が必要ですが、島津の退き口ルートもぜひ見学していただきたいコースです。

退き口コースは距離が長く、まる1日を覚悟したほうが賢明です。
関ヶ原史跡をガッツリ回る場合は、別日で日程を組むことをおすすめします。

江戸時代はお手伝い普請で、木曽川の三川分流工事にやってきた薩摩藩は、必ずお墓に手を合わせていったとも言われていますし、先の踏破隊もここを訪れます。
いまなお、薩摩(鹿児島県)にとっての大切な場所になっているのことがわかります。

2018年夏には薩摩ベンチという友好の証のベンチが島津豊久の石碑、瑠璃光寺などに設置されました。

住所:岐阜県大垣市上石津町上多良960

2・東軍の史跡

東軍は西軍よりも比較的一気に見て回りやすいです。この地図で「東軍」をフィルタしてみてください。
西軍は小高い山で迎え撃つのに対し、東軍はその後詰めか街道沿いを陣取っています。

関ヶ原古戦場巡りマップ

東軍1:4つセットで見られる!徳川家康最後陣地→田中吉政→松平忠吉・井伊直政陣跡+東首塚

徳川家康最後陣地→田中吉政→松平忠吉・井伊直政陣跡+東首塚

東軍の史跡は一箇所にまとまっていることが多く、西軍よりもまわりやすいと感じるかもしれません。
なぜ、一箇所にまとまっているかですが、東軍の進軍を食い止めるため、西軍が東軍を待ち構える布陣図となっています。

もともと西軍の石田三成の本拠地は関ヶ原より約16キロ離れた大垣城でした。
関ヶ原合戦前日は島左近の活躍により杭瀬川の戦いで勝利を収め、士気が高まっている状態。

東軍が三成の居城・佐和山城を落とし、大阪城を攻めるという情報を踏まえたのかどうかはわかりませんが、いち早く西に向かおうとする東軍を食い止めることが課題になっていました。そして杭瀬川の戦いの翌日、東軍にみつからないよう、中山道を避け、上石津町を通って進軍したと言われています。

しかしその情報、とっくに東軍にも入っていて、同じく関ヶ原に進軍。両軍が対峙したのは朝5時台だったというわけですね。

史跡の場所についてです。

最後陣地から田中吉政までは徒歩数分、そこから松平忠吉・井伊直政陣跡までは数分。
10分あればこの史跡をすべて回ることができます。

住所:関ケ原町大字藤下445-4

■徳川家康最後陣地
住所:関ケ原町大字関ケ原1202
WC:あり

■田中吉政陣跡
住所:関ケ原町大字関ケ原959-2
駐車場:なし
WC:なし

■松平忠吉・井伊直政陣跡
住所:関ケ原町大字関ケ原908-3
駐車場:なし
WC:なし

 

東軍2:福島正則陣跡

福島正則といえば豊臣家でも有力な家臣でしたが、関ヶ原合戦前は石田三成暗殺計画に加担しており、今回は東軍として参戦。一番やりにこだわる猛将で、この戦いも一番やりをつけてやると息巻いていたことでしょう。先鋒を務めるというのは功績も上げやすく、戦いに置いて重要なポジション。

豊臣恩顧の武将がそんな一番やりを行うのはいかがなものかと、家康は考えていたのかもしれません。

しかし、徳川4天王ひとり、井伊直政は家康の四男松平忠吉の初陣をサポートしているため「徳川様の4男に譲ってあげて」と、先鋒を譲らせたというエピソードがあります。家康の四男と言われたら、譲るしかないですよね。とはいえ、福島正則もですが家臣の可児才蔵もおおいに活躍し、いくつもの首級をあげたとか。

福島正則の陣跡は現在の春日神社にあります。

住所:関ケ原町大字松尾111
駐車場:6台
WC:なし

東軍3:藤堂高虎・京極高知陣

福島隊の後方に布陣していた藤堂高虎と京極高知隊。福島正則の陣跡からほど近い、関ヶ原中学校の駐車場の中に陣跡の石碑があります。
中学校の中に入るという点が、「本当に大丈夫かな」と不安になりますが、問題ありません。週末は中学校がお休みなので入りにくい雰囲気ですよね・・・。

私もさすがに不安になり観光協会に問い合わせたところ、門は空いているので週末でも史跡を見ることは可能だそうです。車も史跡を見るためだけなら、停められるそう。

住所:関ケ原町大字関ケ原2491-101
駐車場:なし
WC:なし

東軍4:岡山(丸山)烽火場/黒田・竹中陣跡

黒田長政、竹中重門の陣跡は国道21号線(関ケ原バイパス)の丸山の信号を入って見える小高い山が、岡山(丸山)です。
当時は北国街道沿いであった場所で、合戦時には長政とともに陣を張り、この場所で開戦の狼煙をあげました。
彼らは対面する石田三成の布陣している笹尾山と対峙する隊。

岡山からは、南宮山・松尾山・笹尾山・中山道・北国街道・伊勢街道など要所が見渡せる場所でした。
そこまで大変でもないのでぜひ登ってみてください。

住所:関ケ原町大字関ケ原732-27
駐車場:5台
WC:なし

東軍5:細川忠興陣跡

黒田長政・竹中重門隊の南側に布陣していた細川忠興隊の陣跡の石碑。
こちらは2013年3月に整備されたばかりで非常にキレイです。
公園の中に石碑があるので、牧歌的な光景です。まさか400年以上前、ここで合戦が行われたとは思い難いのどかさを感じます。しかし石田三成を狙う黒田隊の後方なので、緊張はなみなみならぬものだったと想像できます。

住所: 岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原811−104

東軍6:桃配山(徳川家康最初陣地)


家康の最初陣地と言われる桃配山は、関ケ原合戦と壬申の乱の二大戦の陣跡と言われています。
合戦の早朝、大垣市の赤坂から桃配山に兵を移動させ、桃配り山に陣を張りました。偶然にも壬申の乱で大海人皇子が野上行宮より出陣し、この場所に陣を張ったという言い伝えがあります。家康は縁起がよいと見て、この場所を最初の陣地に選んだそうで、腰掛石と机石が今も残っています。

この桃配山、石田三成の陣跡にあるモニュメントが目指す方向にある山です。そのモニュメントは石田三成の目線を表現していて、決戦当日家康の動きを見つめていた・・というのを味わえます。

住所:関ケ原町大字野上1424-1
駐車場:8台
WC:なし

東軍7:開戦地

西軍・小西行長の陣跡と同じ場所にあります。開戦は松平忠吉・井伊隊が宇喜多隊の前へ進出し発砲。一番やりにこだわる福島正則がこの抜け駆けに怒り、宇喜多隊に対して一斉に射撃したのがこの場所なのだそう。

住所:関ケ原町大字関ケ原2368-1
駐車場:15台
WC:なし

東軍8:本多忠勝陣跡

住宅街の奥まった場所にある陣跡。蜻蛉切で有名な本多忠勝ですが、大多数の陣を徳川秀忠の松本攻めのほうに出していて、関ケ原合戦では兵の数は非常に少なかったといわれています。この戦いでは軍艦として参加していましたが、西軍の島津隊に向かって進撃し、切り崩しにも一役買ったとも言われています。

住所:関ケ原町大字関ケ原3441-1
駐車場:なし
WC:なし

東軍9:山内一豊陣跡

内助の功エピソードが有名な奥さまのほうが知名度の高い、山内一豊も東軍として参戦。

旧中山道沿いに陣跡があります。一豊軍は南宮山対策として配置されました。その後、熾烈を極め、とうとう決戦地まで家康も進軍。そこに寡勢するよう家康の命令を受け、山内隊は有馬・蜂須賀の隊とともに前進しました。

住所:関ケ原町大字野上1391-2
駐車場:なし
WC:なし

東軍10:奥平貞治の墓

東軍の勝利であまり戦死者がいないイメージになっていますが、東軍も多くの犠牲者を出しました。その一人が奥平貞治です。

彼は長篠城の戦いや徳川家康の娘・亀姫を正室に迎えた奥平信昌のおじさんにあたる人です。

長篠城の戦いでは、足軽大将の鳥居強右衛門の活躍で落城しかけた長篠城を守り切ることに成功しましたね。貞治は小早川隊の監視で近くに陣を張りましたが、大谷吉継隊との激戦で致命傷を負い、戦死してしまいました。

長篠の戦いの英雄「鳥居強右衛門」お墓&磔スポットはここ!現地訪問レポート

住所:関ケ原町大字玉573-2
駐車場:なし
WC:なし

番外編:関ヶ原合戦を体感できるテーマパーク!関ヶ原ウォーランド

浅野祥雲のコンクリート像で関ヶ原合戦を再現したテーマパーク。数少ない浅野祥雲先生の作品が見られるスポットとして有名。
なぜか武田信玄が登場し、「ノーモア関ヶ原」と言っている、オリジナリディあふれる関ヶ原合戦を味わえます。

コンクリート像は基本的に鑑賞するのみですが、一部馬のコンクリート像は登ることも可能。コンクリートの馬上で甲冑を着て撮影するなどインスタ的にも良い構図が取れます。

ちなみに名物館長さんによる歴史講話は、予約必至の人気コンテンツ。館長の独特の節回しの歴史講話は一度聞いたらドンピシャはまります。
好きすぎて、自分のイベントでお話いただいたくらいです。

関ヶ原ウォーランド館長さん関連の記事

館内は昭和感あふれる関ヶ原合戦を再現したもの(故障中)、展示、甲冑体験も。不定期で館長さんとのバスツアーや、ウォーキングツアーが開催。

年に数回、コンクリート像のペンキ塗りイベントも行われ、好きな武将の色塗りができると大好評。
子連れでも楽しめる工夫がいっぱいです。子連れならぜったい館長の講話とダンボール甲冑体験がおすすめ。
ダンボール甲冑なら軽いのでお子様も元気に貼りしまわれるし、甲冑姿のわが子の写真がたくさん撮れます。

観光バスが止まる【レスト関ヶ原】と併設しており、観光客でも賑わいます。
関ヶ原チーズケーキが個人的に超オススメ。めちゃくちゃ美味しいです。

住所:岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原1701−6
ホームページ:http://www.rest-sekigahara.co.jp/war_land/index.html

3・関ヶ原町以外の史跡

西軍:大垣城

関ケ原での戦いは1日で決着がついていますが、実はもっと長い時間をかけて全国を巻き込んで戦っています。

特に東軍を苦戦させたのは、木曽川を渡り岐阜に進軍するところ。起宿から美濃路、中山道垂井宿にかけての進軍の話は相当なボリュームで語れる内容です。

ちなみに大垣城は前日まで石田三成が陣を張っていた場所。杭瀬川の戦いでは島左近の活躍で西軍が圧勝していました。

しかしその勢いで関ケ原に進軍してしまい、野戦に持ち込んだことが敗因と言われています。もし石田三成が大垣城で籠城戦をしていたら。。。そんなタラレバを感じられるスポットです。お城の中は杭瀬川の戦いについての詳しい解説や、江戸時代に入ってからの藩主戸田家についての展示があります。

住所:岐阜県岐阜県大垣市郭町252
TEL:0584-74-7875
営業時間:9:00~17:00
定休日:年末年始
料金:一般100円
18歳未満 無料
ホームページ:http://www.ogakikanko.jp/spot/ogakijyo/

西軍: 岐阜城

ここが落城しなければ関ケ原合戦も結果が違っていたかも・・・そんなことを感じられる岐阜城。

関ヶ原合戦のときは、織田秀信が守っていました。

籠城戦にすればいいものを、打って出てこそ武士という精神論で家臣の反対を押し切って木曽川の対岸まで進軍。池田輝政と福島正則が対岸にはいる状態。この二人は開戦の狼煙が上がったらよーいどんだったにもかかわらず、池田隊が抜け駆け。結果的に両者の思惑が狂い、池田隊の進軍を許し岐阜城に退却することになります。

しかも池田輝政が岐阜城に住んでいた経験があるので、サクサクと本丸まで侵入。6000ほどいた織田秀信軍も数十までとなり、降伏することになりました。ちなみに秀信は剃髪し、円徳寺に引き取られ、高野山に送られました。
標高329メートル。ロープウェイで上までいけますが、そこから10分ほど階段をあがるので少々体力がいります。

住所:岐阜市金華山天守閣18 金華山頂
TEL:0584-74-7875
営業時間:
3月16日~ 5月11日  午前9時30分~午後5時30分
5月12日~10月16日 午前8時30分~午後5時30分
10月17日~3月15日  午前9時30分~午後4時30分
※元旦のみ午前6時30分~午後4時30分
料金:16歳以上 200円
4歳以上16歳未満 100円
ホームページ:http://www.city.gifu.lg.jp/3537.htm

東軍:追分道標

中山道と美濃路の分岐点。福島正則隊は美濃路から中山道に入ったとされているので、この道標を見たことがあるかもしれません。
こちらは垂井町にある石碑で、中山道の道標の中で7番目に古く、歴史的価値の高い道標とされています。

住所:岐阜県不破郡垂井町垂井2327-2

4・関ヶ原古戦場の個人的におすすめの回り方

関ケ原の史跡をすべて回るには1日ではなかなか難しいかなと思うので、できれば行きたい場所をピックアップして回るのがおすすめです。また回る手段は徒歩、レンタサイクル、車、タクシーとさまざまあります。

ピックアップできない、おすすめコースをまわりたい場合は 観光協会サイトにルート案がありますのでこちらを参考にしてみてください。

個人的には天気が良ければレンタサイクル、車がおすすめです。

レンタサイクルは普通の自転車と電動アシスト自転車の2種類があります。
多少坂道もあるので、ラクラクで漕いで回れます。

とにかく数まわりたい、楽にまわりたい方は圧倒的に車がおすすめです。

できれば誰かに案内してもらいたい!という方は、ボランティアガイドさんに案内してもらうことをおすすめします。
関ヶ原を知り尽くしたガイドさんが、丁寧に案内してくださいます。こ

■普通の自転車
半日(4時間以内)500円、1日(4時間以上)1000円

■電動アシスト自転車
半日(4時間以内)1000円、1日(4時間以上)2000円

■レンタル場所
【駅前観光交流館】
9:00?17:00
(受付は16:30まで/終了時間までに要返却)

【関ヶ原民俗資料館】
利用時間 9:00~16:30(11~3月は~16:00)
(受付は終了30分前/終了時間までに要返却)
http://www.rekimin-sekigahara.jp/main/news/post_92.html

貸出リストに必要事項(氏名、住所、電話番号)を記入。子供自転車もあり。

 

■ レンタカー
関ケ原町内にはないので、近隣の大垣のレンタカー屋さん、岐阜駅、岐阜羽島駅周辺のレンタカー屋で車を借りるのがおすすめ。

東京方面から来る場合、新幹線を利用するなら「岐阜羽島駅」からレンタカーもアリです。
岐阜羽島はひかりが1日に数本停まるので、アクセスは悪くないと思います。

車の場合、岐阜羽島駅から関ヶ原までは名神高速に乗れば25分で到着します。
下道でも約40分です。

岐阜羽島駅・岐阜駅・大垣駅からレンタカーを予約するなら、事前に予約しておくのがおすすめです。
個人的なおすすめは道幅の狭いところもあるので、軽自動車かコンパクトカーです!

関東から行く場合は岐阜羽島から、東海圏や関西方面から行く場合が大垣までJRで行ったほうが楽だと思います。

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5・ 個人的におすすめ「西軍」中心の回り方

こちらの地図で見ていただくとわかりやすいのですが、西軍が東軍の進軍を迎え撃つ形になっているので西軍の陣跡は小高い山が多いです。登らないといけない部分も多く、回りにくいのですが、各陣地からの見え方を楽しむことができます。

松尾山(登らないで見るだけ)

脇坂の陣跡

大谷吉継の墓

大谷吉継陣跡で松尾山を眺める
降りて 平塚為広の石碑を見る

小西と開戦地を見学

宇喜多秀家の陣跡

島津義弘の陣跡

石田三成の笹尾山余力があれば烏頭坂の島津豊久へ

ショートカット西軍

とにかく時間がないので主要なところだけ見たいという方向け。
頑張って大谷吉継の陣跡とお墓に行って、麓の平塚為広の碑を見て、近くにある島津義弘の陣跡から最後は笹尾山で締めるという流れ。
笹尾山交流館でお土産をチェックしたりしてリフレッシュできるコンパクトなコースです。だいたい2-3時間もあれば回れます。

大谷吉継と湯浅五助の墓

大谷吉継の陣跡

平塚為広の石碑

島津義弘陣跡

笹尾山 石田三成陣跡と島左近陣跡

東軍とにかく史跡をサクッとコース

史跡めぐりは真剣に歩いたり、移動が多く、興味のない方にとってはただの苦行でしかありません。
しかし、ちょっとだけ見たいというこだわりがなく、労力が少ないコースは以下のものかなと思いました。
所要時間1-2時間で十分ことたります。

桃配山

開戦地

最後陣地

田中吉政陣跡

松平忠吉・井伊直政陣跡

前線に集中!東軍の前線の人たち 西軍と近すぎ問題

これは笹尾山を抑えるべく、東軍の黒田長政、竹中重門隊、松平忠吉・井伊直政陣が周辺を囲んでいることがわかります。
その距離はかなり近いです。こんなに至近距離で戦いをしていたの?と思うと、怖くなります。

福島正則の陣跡

松平忠吉・井伊直政陣跡

黒田長政と竹中重門の陣跡狼・丸山煙場

島左近と三成

宇喜多秀家

6・関ヶ原古戦場巡りのトイレの場所

史跡巡りの途中、トイレに行きたくなったらどこに駆け込めばいいの?
コンビニなどがまわりにほぼない関ヶ原町での史跡巡りは、あらかじめトイレの場所を頭に入れておくと安心度合いが違います。

基本的には駅前の「駅前観光交流館」、周辺の「関ケ原町歴史民俗資料館」「関ヶ原ふれあいセンター」を頼りにするのがおすすめです。
これらのトイレはおむつ交換台、障害者用トイレ、車椅子貸出もしています。

ざっくりとトイレもマップにまとめてみました。

トイレ1:・駅前観光交流館

駅前にあるのですぐわかります。トイレは非常に綺麗で史跡巡りに行く前にかならず立ち寄ってしまう場所です。
個性的なお土産も所狭しとならんでいますし、ロッカーもあり、レンタサイクルの貸出もあり、ボランティアガイドさんもいらっしゃいます。
ココを史跡巡りの拠点にすると、便利です。

駅前観光交流館
おむつ交換 障害者用トイレ 車椅子貸出
岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原598番地の4(JR関ケ原駅前)
0584-43-1100
9:00?17:00
4月ー10月:無休
11月ー3月:毎週火曜日・祝祭日の翌日・年末年始(12/29?1/3)
駐車場 あり(8台)

 

トイレ2:関ケ原町歴史民俗資料館

史跡巡りとセットで立ち寄りたい民俗資料館。関ヶ原合戦に関する資料もたくさん展示されています。

関ケ原町歴史民俗資料館
おむつ交換 障害者用トイレ 車椅子貸出
住所:関ケ原町大字関ケ原894-28
電話番号:0584-43-2665
営業時間:9:00~16:30、(11~3月は9:00~16:00)
定休日:毎週月曜日、12月29日から1月3日
駐車場:共同50台
料金:大人350円、小人200円(20名以上:大人250円、小人150円)
アクセス JR関ケ原駅より北へ徒歩10分

 

トイレ3:関ケ原町役場

土日は休みですが、平日の場合トイレの利用ができます。

関ケ原町役場
おむつ交換 障害者用トイレ 車椅子
住所:岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原 894-58
電話番号: 0584-43-1111(代)

 

トイレ4:関ケ原ふれあいセンター

地元の図書館とイベントなどができるスペースがある施設。 こちらも土日の利用が可能。

関ケ原ふれあいセンター
おむつ交換 障害者用トイレ 車椅子
住所:岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原894-29
電話:0584-43-2233
定休日:月曜日
祝日の翌日、毎月最終火曜日、年末年始
駐車場:100台

 

少し場所が離れますがトイレの利用ができる施設

トイレ5:エコミュージアム関ケ原

エコミュージアム関ケ原
おむつ交換 障害者用トイレ 車椅子
住所:関ケ原町大字玉1565-3
電話番号 0584-43-5724
営業時間 9:00~17:00
定休日: 月曜休(祝日の場合は翌日休)・年末年始
駐車場 40台

 

トイレ6:

グリーン・ウッド関ケ原 オートキャンプ
障害者用トイレ
住所:関ケ原町大字今須2048
電話: 0584-41-0033
営業時間:9:00~17:00(予約・受付)
定休日:通年営業・年末年始
駐車場:共同50台
料金:大人(中学生以上)500円 小人(3才以上)300円 フリーサイト 1,500円~・オートキャンプ2,900円~ コテージ1棟16,000円~・バンガロー1棟7,000 円~等

 

6・関ヶ原合戦風のグルメ・お土産

史跡巡りの途中で立ち寄りたいグルメスポットや、お土産が買える場所をご紹介します。

レスト関ヶ原の天下丼

大盛りローストビーフ丼です。これでもか!とローストビーフが積まれている様が「天下丼」の由来なのだと思われます。
トイレもたくさんあるので、休憩スポットとしてかなり便利です。

やまびこ路

天下分け目は関ヶ原合戦だけではなく、うどんの出汁も東西の境目だ・・・!
コチラのお店はうどんの出汁が関西風と関東風の両方が選べます。

個人的には出汁感の強いうどんが好きなので、関西派です。

関ケ原駅前観光交流館

駅前にある観光協会。おみやげがたくさんあります。ご飯は売っていませんが天下分け目のどん兵衛などが販売されているので、お湯のサービスがあります。イートインスペースも併設されているので、サクッとお昼ごはんを食べるにはちょうどいい場所です。
コインロッカーもあるので、たくさんお土産を買ってしまっても預けることもできます。

笹尾山交流館

石田三成陣跡のすぐ近くにあるお土産などが販売されているスポット。元は小学校で校舎を利用しています。
校長室が子供の遊び場になっていたり、売り場が職員室だったり、ノスタルジックな雰囲気も楽しい場所です。
お土産も個性的なものがずらりと並んでいます。

たくさんの情報を詰め込み、読むのが大変になっていることか思います。

基本はど関ヶ原の史跡はどういう感じになっているかを地図で掴んで、個別に気になる史跡をピックアップして、それを回るにはどうすればいいか逆算するのがいいかと思います。

関ヶ原古戦場めぐりを1泊2日でやる場合は、集中と選択。
どこをまわりたいかを明確にしてコースを立てると満足度が高いですよ!

古戦場巡りを楽しむための情報として、お役に立てたら幸いです。

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カテゴリ:関ヶ原古戦場