なぜ大阪?赤穂四十七士の銅像がある吉祥寺

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赤穂四十七士といえば、江戸や播磨がゆかりの地というイメージですが、なぜか大阪の天王寺区の吉祥寺に立派な四十七士の銅像がありました!

しかも、子供が赤穂四十七士に扮したお祭りも毎年行われているそうです。

大阪で大石内蔵助たちが見れるとは。

すごく興味深い!

吉祥寺は参勤交代時の赤穂浅野家の祈願所だった

なぜ大阪のお寺に縁があるのかといえば、参勤交代の時の浅野家の祈願所だったからなのだそうです。

当時の住職で赤穂出身の縦鎌(じゅうけん)は長矩とも親交があり、赤穂浪士の墓を建ててその霊を弔ったと伝えられる。墓の中には、遺髪、遺爪、鎖帷子(くさりかたびら)が安置されて、墓碑周辺に桜の木が植えられた。このことから今も「義士の寺」として親しまれている。

引用:http://4travel.jp/domestic/area/kinki/osaka/oosaka/nanba/temple/11288811/

討ち入りのあった12月14日前後の12月第2日曜日には、子どもたちによる四十七義士時代行列などがあり、賑やかなのだそうです。

ちなみに大石内蔵助は1名募集で参加費3万円、大石主税は1名募集で2万円、その他の義士は45名募集で3500円で参加できます。

名物「討入そば」の接待があるらしいです。

吉祥寺の赤穂義士へのリスペクトが素敵

まずは門の外から。この模様は・・・!!

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吉祥寺の門。

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参道を入ると

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四十七士の墓が。

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そしてこれがメインステージです!!四十七士の銅像。表情豊かで見ていて飽きません。

めちゃくちゃいいです。

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大石内蔵助と大石主税。

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大太刀の使い手、奥田重盛には立派な槍が。

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間瀬久太夫はなぜかこんなポーズ。

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ウィキペディアによると、江戸の熊本藩屋敷で切腹したみたいですね。

熊本藩主細川綱利の屋敷へ預けられた。元禄16年(1703年)2月4日に細川家家臣・本庄喜助の介錯で切腹した。享年63。主君・浅野長矩と同じ高輪泉岳寺に葬られた。法名は刃誉道剣信士。

四十七士が超・魅力的な銅像が見られるので、大阪に来たらぜひ行ってみてください!

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カテゴリ:戦国ネタ