三英傑+加藤清正ゆかりのものが惜しげも無く庭や床に!豪華すぎる名古屋城茶室

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6月4日の名古屋城ナイトのプログラムでも使う、名古屋城茶室。

この茶室の文化度、とんでもなく高いんです。

名古屋城主と間違えられがちな加藤清正の運んだ石、徳川家から運んだ石をぜいたくに手水鉢にしたり、加藤清正お手植えの松を使った書院棚があるなど、博物館と見まごう内容。

こんなところに入れるなんて…戦国気分が上がります。

橘寺の伽藍石が見事な手水鉢に?徳川家の財力すごい!

この茶室は国の文化財専門審議会などを務めた故・森川勘一郎氏の意匠で作られたもの。

名古屋市に寄贈され、今は市民が使える公共の場所となっています。

その森川さんの集めたこの茶室、すべてが博物館級の価値があり、驚きます。

まずは庭石から刻紋がたくさん出てきます。これは名古屋城の石垣で使われなかったものを使用しているのです。

つまり、石垣を踏んづけて歩いているようなもの。

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勿体無くて踏めませんね。ひょうたん模様もありました。秀吉関連の人が?

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そして注目すべきは旧徳川家の財力!!このでかい手水鉢、なんと橘寺の伽藍石。徳川家はこんなものも庭に使っていたのですね。

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こちらは尾張藩の特産で佐久島で採取されていたそうです。江戸時代は御止石(おとめいし)と呼ばれ、藩主以外は使用禁止だったとか。VIPしか使えない石です。現代は見放題です。

加藤清正ファン必見。清正お手植えの松でできた棚

昭和23年に加藤清正お手植えの老松が枯れてしまいました。この松を意義深く、記念として永く残すという点から書院の台面、付書院、袋棚などに使用。望嶽庵という敷地内の茶室の床板としても使用されています。

贅沢!!!

そしてもうひとつの手水鉢も清正が運んできた石でできています。

猿面茶室の柱は織田信長と豊臣秀吉のエピソード

猿面茶室はあの織田信長が、柱の節が猿に似ている様を見て、「お前の顔のようだ」と豊臣秀吉に言ったことからあだ名が猿になったという逸話を持つ柱がある猿面茶室。

この茶室は古田織部の意匠により、清州城の古材で建築したと言われています。しかし空襲で焼けてしまったので、現在は再建したものです。

それでも茶室は江戸時代からずーっとあり、文化度の高いものを建材として使用し、今に残しているのですね。

というか、名古屋城茶室、すごくない?

そんな名古屋城茶室で歴史ナイトします

6月4日に超プレミアム名古屋歴史ナイトを開催。今回はチケット代に大人のみ、お城の瓦修復代を募金を含ませていただきました。こんな素晴らしい茶室も守りつづけるのは、とっても大変なことです。微力ながら文化が守られることに貢献したいと思いました。ご賛同いただいてチケットを買っていただいたみなさん、ありがとうございます。

名古屋城ナイト、現在は売り切れまして、キャンセル待ちという状況になりました!みなさんありがとうございます!!

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キャンセル待ち希望の方はお問い合わせフォームからご連絡をお願いします!

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カテゴリ:戦国ネタ