思ったより鐘がデカイ!大坂の陣のきっかけになった方広寺

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1600年に関が原の戦いが終わってから、14年後の1614年4月。

豊臣秀頼が建立した方広寺大仏殿の鐘銘が、家康呪詛の意図があるという疑いをかけられて(因縁をつけられて)、
大坂の陣に発展。

その鐘を見に行ってきました。
もちろん、12月12日開催する歴史ナイトでフィールドワーク報告するためです。



鐘がでかすぎてびっくりした


方広寺まではJR京都駅から徒歩で20分~25分くらいでした。
豊國神社の隣に方広寺があります。訪れた時は境内のいちょうがキレイでした。

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豊臣のひょうたん。

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こちらが方広寺。

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なんか鐘がデカイ…

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アップにしてみると迫力満点。

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私と比較してみるとその大きさが伝わるはず。

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どのくらいの大きさかというと、

高さ4.2m、外径2.8m、厚さ0.27m、重さ82.7tもの巨大なこの鐘は、東大寺、知恩院の鐘とともに日本三大名鐘といわれています。


とのこと。

見どころは国家安康 君臣豊楽


もちろん見たいのは鐘銘。

ガン見してみる。

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しかしわかりやすくマーキングしてあるので、誰でもわかります。こんな文字がきかっけになるとは。
むしろ、徳川家康はこんなのよく見つけたなと思います。

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それがこんな悲劇を生み出す結果になろうとは。
夏の陣の屏風図は戦のあとの生々しさが描かれていて、「戦国のゲルニカ」とも。

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そんな悲しい歴史のきっかけになったお寺でみつけたホッコリ部分。
ハート型の模様がありました。鐘の側面あたりで見られます。

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一度、鐘をついた音を聞いてみたいです。


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方広寺 | 京都の観光スポット | 京都観光情報 KYOTOdesign



この記事を書いた人

北村 美桂
北村 美桂
岐阜県出身。約10年のWEB編集・ライターを経て、2013年から独立。「名古屋歴史ナイト」という歴史イベントも主宰。詳しく知りたい方はコチラ
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カテゴリ:戦国ネタ