大谷吉継の墓と陣跡で小早川秀秋の攻撃を体感【関ケ原古戦場完全ガイドvol.2】

西軍に身を捧げ、石田三成の友情に義を尽くした大谷吉継。

彼の最期を偲ぶにふさわしい史跡が関ヶ原古戦場にあります。

それが
「大谷吉継と湯浅五助の墓」
「大谷吉継の陣跡」
です。

三成の笹尾山と並ぶ勢いで人気があるのは、やはり小早川秀秋の陣跡「松尾山」との距離が体感できるからでしょう。

やっぱり近い!
こんなところから急襲されたら……。

と、想像するだけで身震いするほどの臨場感。
現場に行かなければ味わえません。

もう一つのポイントは、大谷吉継の顔ハメパネルがある点です。
同サービスを楽しめるのは、関ヶ原古戦場ではここだけ。

とにかくお得な史跡を2018年~2019年に向けて加筆しました。
看板なども整備されていて以前よりアクセスのしやすい場所となっております!

※なお、東西両軍の陣営や場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事をご覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

大谷吉継(吉隆)の墓と陣跡

まずはアクセスの仕方からご案内いたします。
登るルートは2箇所ありまして、1つはお墓から巡る平塚為広陣跡付近からのルートと、もう一つは陣跡から登る若宮八幡宮ルート。
今回は平塚為広陣跡付近からのルートでご紹介します。

看板にはお墓まで「10分」とあります。

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しかし、山道を歩くので10分以上かかっているように感じると思います。
陣跡に行く場合は、スニーカーなど歩きやすい靴をおすすめします。

最初は平坦な道なので、楽勝のように思いますが、全然楽勝ではありません。
スニーカーは必須。山の中なので夏は蚊も多いです。虫除けスプレーもあるとなおよしです。

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若宮八幡宮の方から登ることもできます。
ここからの場合は大谷吉継の陣跡→お墓の順に巡ることになります。

今回はお墓の方からめぐります。

真夏に訪れた時、私の感想は少々キツかったです。汗もかなりかくので水分がないと辛いと思います。
ちなみに50メートルを1分で到着と書いてありますが、実際は5分かかりました。
大谷吉継の陣跡の看板の目安は、かなり厳し目だと感じます。
特に運動していない方にとってはプラス2-3分で考えておいたほうが良いと思います。

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まずは大谷吉継と湯浅五助のお墓

お墓には大谷吉継の背景についての説明があります。

親友三成のためにし死を共にする決意をしたこと、首を渡すなと言い渡して自害したこと(家臣の湯浅五助に言い残した)、このお墓は敵の藤堂家が建てたなど、短い文章にすごいドラマが書かれています。ぜひここは関ヶ原ウォーランドの館長さんの講話で聞くのがおすすめ!

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立派なお墓です。大谷吉継の自害の際、介助をしたといわれ、首実検で大谷吉継の首を差し出さずに守ったと言われる家臣の湯浅五助も一緒に葬られています。

大谷吉継(吉隆)の陣跡と松尾山ビュースポット

お墓からさらに進むと陣跡へ到着します。
しかし看板の距離が厳し目である点は、ご注意ください。

とくに「スグソコ」と書いてありますが、全然スグソコではありません。
ここはプラス5分見てくのが良さそうです。

山道はまだまだ続きます。

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アップダウンの山道をすぎると、陣跡が見えます。

松尾山眺望地も一緒に見学でき、ベンチも併設されています。
小早川秀秋軍、脇坂・赤座直保らも寝返り一斉に攻めてこられたことを想像してみると、この近さが脅威です。

裏切られ、至近距離から攻められてもなかなか攻略できなかったと言われる大谷軍。
諸説ある中に、裏切る前提で小早川秀秋軍を警戒していたという説も。
だとしても、赤座直保らまで寝返るとは想像していなかったでしょう。
大谷吉継軍はさぞかし混乱したのではないかなど、思いを巡らせるには最高の場所です。

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そして古戦場唯一の顔ハメパネル。
ここでしか「歴史観光」気分を味わえないので、この顔ハメパネルでの記念撮影はマストです。

お墓の方から登ると島津義弘の陣跡や宇喜多秀家の陣跡、平塚為広の陣跡へ行きやすいです。
どちらから登るかは予定に合わせて決めると、その後がまわりやすいかと思います。

住所:関ケ原町大字山中30-1
駐車場:なし(ふもとにスペースがあるのでそこに停めている方多数)
若宮八幡宮の方から登る場合は2-3台程度の駐車場あり
WC:なし

※なお、東西両軍の陣営や場所、関ヶ原合戦全体を知りたい!という方は次の記事をご覧ください。
→【関ケ原古戦場めぐり・地元民による完全ガイド!トイレ情報あり

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カテゴリ:関ヶ原古戦場