あれ、静岡ではなく?愛知県西尾市にある今川家発祥の地

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今川義元といえば駿府にずっといたかのようなイメージですが、実は愛知県西尾市が今川家の発祥の地。
家系図を見れば納得なのですが、それを知らないと「どうして愛知に今川家発祥の地が?」と不思議な感じがします。

ちなみにこちらは西尾中学校の南側にひっそりと佇む、ちょっとわかりにくい史跡です。
東城城跡から車で10分程度なので、こちらもセットで回られることをおすすめします。


今川国氏の祖父は「足利義氏」


小和田哲男先生監修の『日本史庶家系図人名辞典』からの情報で知った、今川家のルーツをお伝えします。
実は今川家の祖・国氏は足利家の家系図の中に名前が載っています。

国氏のおじいちゃんは足利家三代目当主の足利義氏。
その子供である長氏が吉良荘(愛知県西尾市)の地頭を任されていたので、吉良氏を名乗ります。
なぜ足利を名乗らないかというと、長氏が正室の子供でなかったためと言われています。

その長氏にはもう一人子供がいて、それが「今川国氏」なのです。
国氏は父に今川荘を譲られ、今川を名乗るようになりました。
国氏のひ孫に今川貞世(了俊)、かなり後に今川氏親、義元がいます。

今でも西尾市には今川町という地名があり、発祥の地がある中学校付近は今川町内。
だからここにひっそりと発祥の地があるんですね。

西尾市のホームページにはこのような解説が。

引用元:西尾市のホームページ

中世の今川荘の中心地であったと推定されている。吉良荘西条城主であった吉良長氏が次男の国氏に扶持として今川荘を与え、国氏が地名にちなんで今川氏を名乗ったことが今川氏の発祥と伝えられる。今川氏は後に駿河に移り住み、戦国大名として発展する。フェンスで囲まれた敷地内には「今川氏発跡地 愛知県」と刻まれた石柱が立つ。中央には後世に建てられた今川了俊(貞世)の供養塔がある。   


家系図を見ないと、有名な人物と関連性がイメージしにくいのが難点。

ぜひ看板に家系図を掲載して欲しいと思いました。
きっと「おおーー」となるはず。


見逃し注意!実際の今川氏発祥の地


東城城目指して走っている途中にあったこの看板。
気をつけていないと見逃します。

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もし、ナビに入れるなら西尾中学校にしておくのが良いかもしれません。

こちらの看板には「発祥の地&今川了俊の墓」とあります。
なぜ了俊の墓が?と思いますが、先程の西尾市の説明によると供養塔のことでした。


車のすれ違いが不可能なほど細い道を入っていくと、今川家発祥の地があります。

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説明もあり。
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こちらが供養塔です。
ちゃんとお花が飾られていて、こまめに手入れがされている感じでした。

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なぜ貞世の供養塔を作ったのかはわかりませんが、その不思議な感じが地元の史跡のいいところですよね。

この記事を書いた人

北村 美桂
北村 美桂
岐阜県出身。約10年のWEB編集・ライターを経て、2013年から独立。「名古屋歴史ナイト」という歴史イベントも主宰。詳しく知りたい方はコチラ
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カテゴリ:戦国ネタ