築城直後の江戸城の図が見つかったから。一般参賀で江戸城に行ったことを書く

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本日、松江市松江歴史館が所蔵している「江戸始図(えどはじめず)」が、徳川家康による築城直後の図であるというニュースを読みました。
記事はこちらです→「江戸城は「決戦に備えた城」だった 最古級の図面を確認」

内容を読むと5連外枡形で、防御力の高い城であったということです。
そんな江戸城は、今年の一般参賀にて富士見櫓などを見てきたばかり。

この記事を知っていたら、もっと楽しかったと思う!という気持ちを込めて江戸城に行ってきたレポをお届けします。


王道?皇居正門からの入城


一般参賀は誘導に従って、皇居正門から入りました。
江戸時代は土橋だったようです。
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なかなか見られない皇宮警察の方。
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入場の時は流れを止めないように歩かねばなりません。
しっかり構図を狙って撮るなどは不可能で、歩きながら適当にシャターを切るという感じで進みます。
くねくね曲がっていくと伏見櫓が。

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門の石垣もパシャリ。
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そして皇居にて旗をパタパタ。
この旗は駅に行く途中、一般参賀のボランティアさんたちが配っていて、終わったら出口で回収もしておられます。
ただ、配っていない道もあるので、うっかりそこを選ぶと旗はいただけません。
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こちらは本丸との間の堀。
広くて深いです。
今日のニュースで言うところの、防御力が感じられます。

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こちらがおなじみ富士見櫓。
明暦の大火で天守閣が焼失してからは復旧されなかったので、この櫓が天守閣代わりになったと伝えられています。
石落としのような突き出してている部分がわかります。
天守閣代わりになるような立派な櫓ですが、非常に戦闘能力が高そうです。

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帰るルートは桔梗門の方が空いていると案内されてました。

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何か文字が彫ってある門。
これは誰かこの門の制作に関わった人なのでしょうか。

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本丸の堀。本丸だった公園のほうに行きたかったのですが、この日は閉門されていて入れず。
また別の機会に江戸城見学をゆっくり行いたいです。

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正直、調べ調べやっているので全然位置関係も把握できず。
千田先生のコメントにあった「5連続の枡形虎口」、残っている場所がわかれば行ってみたいです。

この記事を書いた人

北村 美桂
北村 美桂
岐阜県出身。約10年のWEB編集・ライターを経て、2013年から独立。「名古屋歴史ナイト」という歴史イベントも主宰。詳しく知りたい方はコチラ
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カテゴリ:戦国ネタ