お酒の飲み過ぎで冬の陣で失敗…説得力ある酒封じ祈願の本多忠朝の墓


大阪の一心寺の中にある、本多忠朝の墓。こちらは、大阪冬の陣にお酒が残っていたため、隙が出て敵の猛攻に遭い敗退。

挽回すべく夏の陣では奮戦したものの、あえなく戦死してしまった武将です。

酒封じ祈願スポットになってます!

それは効果ありそう。説得力ありすぎ!



徳川四天王本多忠勝の次男でデキる人


酒の飲み過ぎってどんなウッカリさんなの!と思いますが、なんと本多忠朝は徳川四天王本多忠勝の次男と出来る人の血筋です。

人間性も非常によく、父親の遺言により軍費1万5,000両を残してもらったが「お兄さんのほうが大変だからどうぞ」と譲り、兄も「遺言にはそむけない」と突き返し結果的に折半したという逸話がある人。

そんなしっかりした、デキる人だったにもかかわらず、なぜかお酒が残っていて冬の陣で、大失敗。徳川家康にメッチャ怒られます。

それで夏の陣では挽回しようと誓い、勢いよく敵に向かい、戦死。

その時「墓に詣でるものは、必ず酒嫌いになる」と言い残したことから、酒封じの神となったのだそう。

一心寺 トップページ



酒封じの神様に行ってみる


一心寺は変わった入り口のお寺で有名。

現代アートみたい。



とっても賑わってます。


その脇にある本多忠朝のお墓


こちらです!たまに男性でお参りしている方がいました。


真田幸村ののぼりも。


酒を少し控えねばなどなど、お酒にまつわる悩みはこちらのお墓でお願いしてみてはいかがでしょうか?

きっと聞いてくれるはず!

この記事を書いた人

北村 美桂
北村 美桂
岐阜県出身。約10年のWEB編集・ライターを経て、2013年から独立。「名古屋歴史ナイト」という歴史イベントも主宰。詳しく知りたい方はコチラ
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カテゴリ:戦国ネタ