司馬遼太郎先生が「日本一美しい山城」と絶賛!日本最古の現存する木造再建城『郡上八幡城』

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実は日本最古の現存木造再建城だという郡上八幡城。
空襲で焼失する前の大垣城(焼ける前は現存天守でした。無念すぎ)を模して作ったという、珍しい木造レプリカのお城なのです。

司馬遼太郎先生が「日本一美しい山城」と絶賛したそうですよ。

木造建築の温かみもあるし、何より当時っぽさ(個人のイメージ)が感じられます。
石垣も素敵だし、郡上八幡城、めっちゃお気に入りです!

山の上にあるので車で近くまで行くのがオススメ


郡上八幡城はかなり高い山上にある山城。歩いて行くこともできますが、お城の近くに10台くらい停められる駐車場があります。私たちは車で上りましたがなかなか急な坂なので、ゆっくりどうぞ。

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いきなりいいかんじの石垣。
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かなり大きなお城
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立派だ・・・
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この公式サイトの霧につつまれた画像をみると、そのかっこよさがより想像できます。

城下町郡上八幡のシンボル 郡上八幡城



高い場所にあるのがわかる。向こうの山が見渡せる。

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庭には力石なるものが。看板によると、城主は遠藤慶隆時代。通称赤髭作兵衛なる男が約350kgの、この大石をひとりで背負いあげたそう。その力量を譜代大名が褒めた途端、彼はその場で倒れて息たえてしまう。この事件を憐れみ、譜代大名はこの石の使用を禁じていたとのこと。昭和8年に模擬城の建設にあたり、現在地に安置しているのだそうですよ。

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城の築城にはいろいろな逸話があるようです。

内助の功で有名な千代の生家


ちなみにこちらの歴史、永禄2年(1559)、盛数が東氏を滅ぼし、八幡城の基を築いた遠藤氏から始まります。

稲葉氏、井上氏、金森氏、青山氏の19代城主まで続きました。戦国から明治維新まで。幕末は凌霜隊の戦いなどが有名な史実として残されている場所です。

このお城の有名な人は「山内千代」ではないでしょうか。あの、内助の功で有名な千代さんの生家です。初代城主である遠藤盛数の娘が千代といわれているから。

そのため城の展示にはこんなものが。いくつかありましたが、私はこの格言が好きです。
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でも出典はTVガイドというユルさw 
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展示もおもしろかったです。当時のお城の様子を城下町まで再現するジオラマ。じっくり見るとどんな風に町ができ、どう敵から城を守ったかなどを想像することができます。
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天守からは郡上を一望。
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山と川と町がいい感じ。
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こうしたユルい展示も。千代と一豊のパネル。なぜか白黒なのが気になるけどw
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後ろには遠藤氏。なんか怖いw
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いろいろ散策してみるとこんな門も。
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おまけ。吉田川。川ってなんでこんなに癒やされるんでしょう。ちなみに子供が橋から飛び込んだりするので有名な川ですね。
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こんな感じで、郡上八幡城は展示物をじっくりみるだけで、その歴史がどうだったのかが十分にわかります。木造建築ならではの温かさもあるし、現存天守ほど急な階段とかではないし、土足OKなので見やすいです。お城見物の後は庭園も見物したり、その後は城下町を散策すれば十分に満喫できます。

夏の涼をとりがてら、郡上八幡城と街の散策にでかけてみてはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人

北村 美桂
北村 美桂
岐阜県出身。約10年のWEB編集・ライターを経て、2013年から独立。「名古屋歴史ナイト」という歴史イベントも主宰。詳しく知りたい方はコチラ
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カテゴリ:戦国ネタ