【蜂須賀小六ネタ追加】新聞紙カブト被って歩いちゃった!名古屋歴史ナイト初のフィールドワークの話(前編)

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4月19日、雨なの?雨じゃないの?
全く謎の天気だった本日、あま市にて蜂須賀小六について巡るフィールドワークを
行いました!

これは「歴史ナイト」のスピンオフ企画です。

参加者19名(うちキッズ2名)で、楽しい4キロほどのまち歩きができました。
やっぱ蓮華寺の年1行事である「二十五菩薩来迎会」はホントーに面白かった!

今日を選んだのは「二十五菩薩来迎会」があるから


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毎年4月第3日曜日に蓮華寺で開催される蜂須賀弘法御開帳の記念法会で、二十五菩薩が現世に現れ、民衆を極楽浄土に導く様子を再現する伝統行事です。阿波藩主となった蜂須賀家にちなみ名古屋太閤連による阿波踊りも披露され、賑わいをみせています。引用:あま市観光協会サイトより


ざっくりいうと、蜂須賀小六の菩提寺で行われる年に1度のイベント。
25人の菩薩さまが現世に現れるという設定で、25名の菩薩役の方に触ってもらうと
開運するという言い伝えがあります。


今回は小林くんがメイン

あま市で市民活動などを行っている小林くんの地元ということで、
ガイド、コース内容、回る場所の段取り等はすべて小林くんによるもの。

さすがあま愛あふれるコース案内でした。

「戦国武将が好きならあま市を歩くといいよ!!」
そんな感じ

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ダンボールを柄として作った旗。
小林くん作。個人的にこの旗のクオリティがステキで感動しました。

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朝日ビバレッジの代表であり、寄付型自販機などにも関わっている浅賀さんより、お茶とスポーツドリンクの差し入れ!

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超たっぷりいただきました。ウォーキングに水分は必須ですよね。
ありがとうございます!!

蜂須賀小六について


Hiyoshimaru meets Koroku on Yahagibashi
尾張国海東郡蜂須賀郷の土豪・正利の嫡男として蜂須賀城に生れる

個人的にはいかつい「荒武者」イメージ。


■職歴

斎藤道三→織田家→豊臣秀吉


■関わった有名プロジェクト(史実というより言い伝えレベル)

・墨俣築城

・高松城水攻め


■親戚
生駒吉乃(信長の側室)

秀吉が信長に草履取りとして仕えるきっかけになった女性


■黒田長政

(娘の糸が正室として嫁いだ)


■もらった国

阿波一国(秀吉四国平定後)


■最期の場所

天正14年(1586)

大坂城外の御殿山屋敷(光秀討伐の時に秀吉が建ててくれたお屋敷)

享年61歳


一生現場な柴田勝家と同類武将だと思ってましたが、
蜂須賀小六にあったのは「交渉力」と「川に強い」ことだったように思います。

土木作業能力は諸説ある墨俣城の建築。
城を建てようと思っても、敵の斎藤家に見つかって妨害されてなかなかうまく行かなかったそう。

川筋の地理に明るく機動力のある川並衆(木曽川沿いに勢力を持ったとされる土豪の総称)に守りを固めさせて、
妨害を防いでもらう。この川並衆の中心人物が蜂須賀小六。

そして、手早く築城できるよう、上流からあらかじめ組み立てる細工をほどこした木材を流して
一夜城が完成したと言われています。

交渉力というのは、毛利家との和睦の領土分割問題にて。
秀吉の代理で黒田官兵衛と交渉に行った際、秀吉の「5カ国譲れって言ってきて」と
申し伝えがあった。

それは徹底反発されるしよろしくないと踏み、「3カ国にしませんか」と
秀吉を説得。どちらの顔も立つようばパーフェクトな交渉で
両者が丸く収まり、秀吉の天下統一に一つ駒が進むきっかけを作ったと言われています。

大河で演じた役者さんにはプロレスラーが2名もいることも個人的に言いたい所。

『功名が辻』ではノーフィアーでお馴染み、高山善廣選手
Yoshihiro Takayama 2011
『秀吉』では大仁田厚さん

Atsushi Onita

巡ったコースは「蜂須賀コース4キロ」


蜂須賀小六の生誕地としてのあま市を感じられる蜂須賀コース。

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歴史民俗資料館でカブトを折る

13時に集まり、歴史民俗資料館で新聞紙カブトをおりました。
まさかの被って歩くことに。これは非日常の極みですね!!

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法蔵寺

蜂須賀小六が桶狭間の戦いの戦勝祈願の時に、推定100キロもある鉄観音を持って行こうとしたものの、
重すぎて断念。そこで持っていた杖だけを持っていったようです。

寛喜2年(1230年)に制作されたもので、尾張地方に伝わる鉄地蔵の中で最も古い鉄地蔵です。
国指定重要文化財としても指定されている、貴重な仏像です。

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これ持ってくっていう発想がなかなかスゴイ。
力持ちだったから、軽かったんでしょうか。
どうしても勝ちたいという勝ちへのこだわりが感じられますね。

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住職さんが解説してくださいました。

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右肩に「寛喜2年(1230年)」の陽鋳銘が書いてあるのを確かめられます。
懐中電灯で照らして確認できます。

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参加者のお母さんと参加者の女性。なにやら歴史の話を教えてくれているようです。
微笑ましい絵ですね。
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後編はおまちかねの「二十五菩薩来迎会」をガッツリレポートします!

この記事を書いた人

北村 美桂
北村 美桂
岐阜県出身。約10年のWEB編集・ライターを経て、2013年から独立。「名古屋歴史ナイト」という歴史イベントも主宰。詳しく知りたい方はコチラ
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カテゴリ:名古屋歴史ナイト