カツイエ.comで取材申し込みして、ホントに『作家・柴田勝家さん』に取材してきました!!(1)

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キャラが濃すぎる新人作家として話題になった、『ニルヤの島』の作者『柴田勝家』さん。
昨年、早川書房開催のSF小説の公募賞「ハヤカワSFコンテスト」第2回の受賞者さんなのです。

受賞コメントも「ワシ」と戦国言葉。キャラ設定はどうなってるの?柴田勝家が乗り移った設定?というか、そもそも勝家の何が好きなの?

そんな勝家ファントークを、柴田勝家先生としたい!!

ということで、ダメ元で取材申し込みしてみたところ、ご快諾いただき取材しに行ってきました。

柴田勝家先生、かなーーーり面白くてステキな方ですよ!!

取材前


カツイエ.comの、当然押し武将は柴田勝家です。
取材対象は「柴田勝家」的なキーワードがドンピシャであれば、あるほど話を聞きたくて聞きたくてたまりません。それがこの媒体のアイデンティティなんですから!

というか、カツイエ.comが行かなくて誰が行くんだ(我ながらアホな発想)と思った瞬間、早川書房さんのお問い合せセンターにメールを送っておりました。

すると翌日、担当の方より丁寧にご連絡いただき、先生を取材させていただくことになりました。感激です。

先生、登場。なんか超いい人オーラ出まくってる


先生は登場するなり、ニコニコと満面の笑みで「本日はありがとうございます!」と、いい人オーラ全開!!ホントに割腹めっちゃいい(=勝家っぽい)!!そして超腰の低くいこと、低いこと。

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むしろ「カツイエ.comですけどいいんですか??」という恐縮気味でしたので、来訪を喜んでいただけてホッとしました。

数年前からTwitterを相互フォローし合っていたらしく、そのことのお礼も言われてしまいました。なんともまあ、嬉しい話。

そしてホントに「ワシ」と、ご自分のことを呼んでおられました。
ほんものやーー!!!

現在の先生


成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻の院生である先生。

大学院では民俗学の研究をしています。テーマは媽祖信仰についてで、中国地方 や九州など信仰対象の地域へ現地取材などに行ったりも。

幼少期の終わりからSF小説にハマる筋金入りのSFファンでもあった先生。中学時代から小説を少しづつ書いていて、本格的なものは大学の文芸部に入学してから。大学の文芸誌などに寄稿したりして、小説を完成させていきます。そこで昨年、満を持して大好きなSF小説の公募に応募し、今年2作目『ニルヤの島』が受賞したということになります。


しかも大学からも表彰され、その賞状の名前までもが「柴田勝家」殿になっていとか。もう本名が柴田勝家になってますね・・・


ちなみに内容がちょっぴり難しいこともあり、オススメの読み方も聞いてきました。
「転写」という章を1から順に読むとわかりやすいそうです。私もこの読み方をしました。いろんな人の目線が交錯するのでひとつの話にフォーカスを当てると軸が決まってよみやすいです。この章は中絶シーンなど宗教観がいろいろ垣間見れて、結構衝撃的ですが引きこまれます。

柴田勝家というキャラは中学時代から形成されていた


そもそも、「ワシは・・・」という柴田勝家キャラは、今後作家として売り出したいからこのキャラなのかと言われておりますが、ご本人によると「中学時代からこうなんです」とのこと。

ちなみに、こちらの記事で勝家先生の濃いキャラは詳細に書かれております。

一人称は「ワシ」。27歳のSF作家が濃ゆすぎる – NAVER まとめ



柴田勝家との出会いはゲーム『信長の野望』と、学校の図書館の歴史本。とりわけ、パワーしかない柴田勝家ですが、強さを求めて勝家を重宝してゲームを勝ち進めたそうです。その時、「武力のある勝家ってカッコイイって思ったんです。三国志で言うなら関羽が好きなんですよ」

その憧れは止まらず、勝家に憧れて高校時代はヒゲを伸ばし始めた先生。高校の校則は大丈夫だったらしいです。いまどきの高校、スゴイなあ。(先生は27歳です)

衝撃!高校3年留年したという神エピソード

現在、勝家先生は成城大学大学院の1年で27歳。ストレートに院生1年ならだいたい23歳ですが、なんか4年位遠回りしてることに。これは社会人経験後、院に行ったのかと思えば、「高校を3年留年、1年浪人」したため。いきなり神エピソード!

しかもその理由は「体育の単位が足りないから」の留年というからすごい。どうやら
3年間、1度も体育の授業に出なかったそうです。

ヒゲは伸ばせる自由な校風でも、単位不足には容赦無い高校。

先生が3年の時、「体育の単位を全部取るまで卒業できない」ということが判明。(もっと早く教えてくれればいいのにw)

泣く泣く、1年から体育の授業を受け直し、単位を取り切るまで3年間を費やすことになったそうです。

さすがにそのためだけに高校に通うのも・・・ということで、学校側は大検を勧めたそうですが「サボった自分への戒め」ということで断固拒否。己に向き合う意味で、ご両親に頭を下げて、3年留年を選んだそうです。あえて厳しい道を選んだんですね。

体育しかすることのない高校生活は、大好きな民俗学の本を読みまくっていたとのこと。読書に没頭する間、先生は大事なことを忘れていました。そう、受験勉強です。

「大学受験には受験勉強がいるんですよね。手抜かりをしてしまいました。1年留年して今の大学に入ったんです」

・・・神すぎる!!!

勝家先生が柴田勝家になったきっかけ


そんな紆余曲折を経て、大学生になり、文芸部に入部。もともと好きで小説はちょこちょこ書いていたそうですが、本格的に書くようになったのが部活からなんだそうです。

また、「柴田勝家」キャラの定着も大学時代。

合宿でUNOの負け決定戦に参加中の折。戦況の不利さを憂いていたら「賤ヶ岳の戦いの勝家とダブって見えた」とのこと。最初有利で、途中の番狂わせで形勢不利に鳴ったとかそんな感じなのでしょうか。

結果は敗け、その時「これはまさに賤ヶ岳」とつぶやいたことから、「賤ヶ岳って何のこと?」となり、説明したら、「柴田勝家」認定されるようになったということのようです。

まあ、賤ヶ岳ってワードがすでにマニアック。勝家ファンなら嬉しいワードですがw

「賤ヶ岳の戦いは関ヶ原よりも大事な天下分け目の戦いですから!!」
ですよねーー!! わかります!!

そんなこんなの神エピソードをお持ちの勝家先生インタビューは続編に続きます。
次回は柴田勝家愛を語り合いますよ!

↓ カメラを向けると勝家顔になる勝家先生。
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カテゴリ:戦国ネタ